ふれあい特集号vol.38(デジタルブック版)
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03北口本宮冨士浅間神社境内にある登山鳥居は富士山頂へと続く 富士講の指導者である「先達」のみが通行を許されたという式台玄関で、ボランティアガイドの外川和美さんに迎えられた本岩さん。屋内に入ると、食器や衣装、お札などといった富士講ゆかりの品々や当時の様子を伝える写真をじっくりと眺めながら、外川さんの案内に耳を傾けています。 富士講の人々は、どのように祈りをささげたのか、御師はどのような役割を担っていたのか、聞けば聞くほど興味が深まるようで「当時の人々は、今とはまったく違う思いで富士山に登ったのですね。こうして信仰の歴史に触れたことで、富士山の姿が、より一層神々しく見えてきました」と神妙な面持ちです。▲吉田口登山道の起点となる登山鳥居▲北口本宮冨士浅間神社 本殿▲富士登山の情景が織り込まれた曲『富士に寄せて~六根清浄』の歌詞に出てくる御神木「冨士太郎杉」 続いて訪れたのは、富士山信仰の聖地である北口本宮冨士浅間神社。富士講の人々は、御師の家を出発すると、まずこの神社に参拝し境内にある登山鳥居から富士山頂を目指しました。 数年前に初めて参拝した折、霊験あらたかな雰囲気に魅せられ、以来、毎月一度は参拝し周辺散策を楽しむという本岩さん。鬱蒼とした参道を歩きながら大きく息を吸い込むと、「この神社に来ると、気持ちが落ち着き、心が洗われるんです」。迷うことなく歩みを進め本殿に参拝した後は、横に聳える樹齢千年以上の御神木へと向かいます。「これは、僕が歌わせてもらっている『富士に寄せて』の歌詞にも出てくる冨士太郎杉。近くに居ると、ものすごい生命力を感じます」。登山鳥居へ足を延ばした本岩さん、「富士講の人々は神聖な心持ちで、ここから富士山へと向かったのですね」と、視線は鳥居から山頂へと続く登山道を見つめていました。北口本宮冨士浅間神社富士山への遥拝所を起源とし、古代には鳥居が建立され、16世紀半ばには浅間神社の社殿が整っていました。1730年代に富士講の指導者である村上光晴の寄進によって建造物群の造営修復工事が行われ、現在にみる境内の景観の礎が形成されました。むらかみこうせいうっそうせんだつそび

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