あった。だから、いま「記憶遺産」として取り上げるのは、タイミングとしても悪くない。だが、市川三郷町立図書館の小林可苗さんは「自分の一存では決められない」と答えて、いったん町に持ち帰って検討することになった。 伝統産業に恵まれた市川三郷町は、年間を通じて極めて多くの祭りが催される全国的にも珍しい地域でもあった。 民俗学者の柳田國男は日本人の伝統的な世界観として「ハレとケ」の概念を唱えた。非日常な祭りや儀礼、年中行事が「ハレ」で、日常の普段の生活が「ケ」。「晴れ着」はまさしく「ハレの日」のための衣装のことをいう。 そんな「ハレ」の祭りが市川三郷町では日常に溶け込んでいる。この町では、年間100日もの多様な祭りがあるという。年間365日、粗い計算で3・5日に1回は開かれ、週に2回はどこかで祭りがある。これだけ多くの祭りがあると、ハレとケの境界はあいまいになってくる。 「町の当たり前」や「町民の記憶の中だけにある祭り」を取り上げることに町立図書館の小林さんらは一抹の不安を抱いていたが、「祭りの記録を文字として残すことは、今後しなければならないこと」(小林さん)と賛同した。こうして、テーマは「祭り」に決まった。 しかし、多くの祭りがあって全てを取材することは現実的に難しい。どの祭りを本に書くか、誰に話を聞くべきか、は小林さんに託された。 「町の人の協力を得て、取材対象者を選びました。取材は11月の1日からた。1人ずつ聞いた方もいれば、3人集めて座談会というような形をとったときもあります。座談会形式だと、参加者の話が呼び水になってより幅広い話を聞けるのではないかと考えました」(小林さん) 取材を続ける中、すでに中止となっていた祭りもあった。また、言い伝えでしかなかった多くのことを発掘し、文字に記すことができた。 小林さんが収集した「記憶遺産」は町立図書館に収蔵されている。消えようとしていた祭りは、形を変えて後世に伝えられることになった。 旧市川大門町出身の伊藤さんは故郷に想いを寄せた。「高校まで過ごした私の故郷をあらためて訪ねてみると、にぎやかだった街並みはだいぶ寂しくなっていました。今回の『記憶遺産』のプロジェクトで取り上げた祭りを契機に、再び故郷が元気になってほしいと思いました」 小林さんも今回のプロジェクトを通じて〝新たな気づき〟があったという。「町の人が当たり前と思っていることでも、異なる視点からみると当たり前ではないということを学びました。市川三郷町には後世に残すべき文化や遺産がまだまだたくさんあるのではないかと思いました」 この記憶遺産プロジェクトは、今年度も続く。 出来上がった冊子は、その地域の図書館に収蔵され、「文化と歴史の記録・発信・継承の拠点」となる。司書でもある県生涯学習課の佐久間絵梨さんはプロジェクトの今後について、こう語る。 「図書館にはいろいろな機能がありますが、地元の郷土資料を保存して活用してもらうようにすることも大事な機能です。その図書館に行かなければ見られない冊子を作ることで、図書館の魅力を高め、教育や観光にも利活用していきたいと考えています」祭りが続く日常「ハレとケ」が一体となった市川三郷町「祭り」に決定、取材を開始地域の先人たちが伝えてきた物語を残していきたい教育や観光にも記憶遺産を活用 やまなし in depthフルバージョンはこちらから2111月の8日の間に短期間で行いまし冊子は2冊ともA4判、32ページ。「山梨ふるさと記憶遺産 甲州市」は甲州市立図書館と山梨県立図書館に、「山梨ふるさと記憶遺産 市川三郷町」は市川三郷町立図書館と山梨県立図書館に所蔵されています。「記憶遺産」の冊子を手にする市川三郷町立図書館の小林可苗さん
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