山梨てくてくvo.08
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FEATURE[「デラウェア種なし葡萄発祥の地」の石碑]石碑は笛吹市春日居町にある。かつてこの地に山梨県農業試験場果樹分場(現・山梨県果樹試験場)の試験ほ場があった度が上がらず『味なし果』とも呼ばれる現象が起きました。その原因をウイルスの感染によるものと突き止めたのが、試験場の研究員でした。昭和55年から対策として無病(ウイルスフリー)化したブドウ苗の配布を組織的に始め、ブドウの高品質安定生産に大きく寄与しました。これも全国に先駆けた画期的な取り組みでした」 「桃では※弱剪定により、品質の安定と高品質化につなげました。また害虫駆除のために始まった袋掛けも、山梨では収穫前に袋を取り、桃が鮮やかな赤色になるようにしています。岡山県産の白桃に対して山梨の桃が赤いという特徴は、こうしてできているんです。また今では全国的に普及している桃の糖度を測る光センサーによる選果も山梨が最初に導入しました。糖度を測るための基準となる元のデータを作る部分には試験場も関わっています」 「試験場では地道な努力を長年積み重ねてきています。産地を支えていくためには技術がなければなりません。継続的に産地であるためには技術力がとても大事になると考えます。『果樹王国やまなし』の未来を担うべく、これからも努力し続けたいと思っています」 果樹農業を取り巻く課題に研究開発の側面から支援する「山梨県果樹試験場」。高品質安定生産技術の確立に挑み続ける中で画期的な成果を数多く上げ、「果樹王国やまなし」の発展に貢献してきました。そんな果樹試験場の取り組みについて、副場長の㓛刀幸博さん、育種部の小林和司さん、栽培部の富田晃さんに話を伺いました。 「ブドウ栽培の歴史を大きく変える転機として『種なし化』が挙げられます。デラウェアの果粒が密着して裂果するのを改善するために処理した『ジベレリン』により種がなくなったことが発端となり、研究が進んだのです。その後、昭和34年、デラウェアの種なし化が世界で初めて実現しました。昭和60年には巨峰やピオーネといった大粒の品種の種なし化にも成功。技術は農家に定着しました」 「今から50年近く前には、甲州種などの果汁糖食べやすい種なしブドウの誕生そして、食べておいしいといわれるものへ桃の糖度を測る光センサー選果を全国に先駆けて導入産地を支えていく栽培技術山梨県果樹試験場育種部 主幹研究員小林 和司さ ん栽培部 主幹研究員富田 晃さ ん副場長㓛刀 幸博さ ん※剪定量を少なくして、無駄な枝の伸びを抑える技術せん ていぶどう06
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