トップ > 組織案内 > 観光文化・スポーツ部 > 山梨県立考古博物館 > 資料・展示紹介 > おうちde考古博物館第5回「鰍沢河岸跡出土・泥めんこ」
ページID:94954更新日:2024年5月21日
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県立考古博物館では、皆さまがご自宅でも当館の資料をご覧いただけるよう、特に吉祥や疫病対策に関する考古資料にスポットを当てて紹介してまいります。
今回ご紹介する資料は、南巨摩郡富士川町の鰍沢河岸(かじかざわかし)跡から出土した「泥めんこ(どろめんこ)」です。
鰍沢河岸跡出土・泥めんこ
画像を拡大して表示(JPG:918KB)
泥めんこは大きさ1~3cm程度で、型を使って粘土を形作り、素焼きによって作られた土製品です。
鰍沢河岸跡からは約250点もの泥めんこが出土しており、それらには実に多彩なモチーフが表現されていますが、特に信仰(七福神や天神様)や家内安全・商売繫盛(亀、宝船、唐獅子、打ち出の小槌)、五穀豊穣(農作物や米俵)を連想させる「縁起物」の表現が多いことから、何らかの祈願をするために用いられたのではないかと考えられています。
さて、今回注目する泥めんこもそのような「縁起物」の一つです。
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この泥めんこには長く立派な髭を蓄え、眼を大きく見開いた人物が表現されていますが、これは中国の民間伝承に伝わる道教の神・鍾馗(しょうき)ではないかと考えられています。(鍾馗の図像は、長い髭を蓄え、中国の官人の衣装を着て剣を持ち、大きな眼で何かを睨みつけている姿であるとされています)
鐘馗の縁起には諸説ありますが、概ね次のとおりです。
唐の玄宗皇帝が病に臥せっていたところ、夢の中に邪鬼が現れ、皇帝を悩ませていました。そこに、どこからともなく大鬼が現れ、邪鬼を退治してしまいます。
大鬼は皇帝に「私は鐘馗といって科挙(古代中国の官吏登用試験)に落第したことを苦に自ら命を絶ってしまったが、皇帝が私の死を悼み手厚く葬ってくれたので、その恩に報いに来た」と告げます。そして皇帝が夢から覚めると病はすっかり癒えていました。
この出来事に感じ入った皇帝は、宮廷の絵師に鐘馗の絵を描かせたところ、その絵姿は夢に現れた鐘馗と同じでした。以来、皇帝は鐘馗の絵姿には邪気を祓う力があるとして、世に広めさせました。
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日本では「鐘馗さん」と呼び親しまれ、疱瘡除けや学業成就に効があるとされ、端午の節句に絵や人形を奉納したりします。また、近畿地方では魔除けとして屋根や軒先に瓦製の鐘馗の人形が置かれている家屋があります。
かつて鰍沢河岸に暮らしていた人々も「鐘馗さん」に厄除けや病気平癒を祈願していたのでしょうか。指先ほどの小さな泥めんこから、人々の想いが伝わってくるようです。
県立考古博物館・学芸課
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