トップ > 組織案内 > 県教育委員会の組織(課室等) > 甲府城跡の石垣にみられる矢穴
ページID:94877更新日:2021年9月2日
ここから本文です。
国史跡甲府城跡は、東日本における初期段階の織豊系城郭(しょくほうけいじょうかく:織田信長・豊臣秀吉およびその配下の諸大名が建設した城郭の総称)です。 甲府城跡の特徴の一つとして、築城期(16世紀)の野面積み(のづらづみ)石垣という、全国的にも古い石垣が良好に残っていることが挙げられます。 野面積みは、石垣の石をほとんど加工せずに積んでいく方法ですが、岩盤から石を切り出して適度な大きさにしていきます。 この切り出す作業の際に石につく痕跡が「矢穴(やあな)」です。 まず、割りたいラインに沿って直線状にノミで矢(クサビ)を入れる穴を掘ります。この穴に矢を差し込み、上から大玄能(おおげんのう:大きなハンマー)で矢を叩くと、石が左右に割れます。こうして一つの石から割れた石を「兄弟石」といいます。
そして、この矢穴の大きさは、時代によって変わります。 築城期の矢穴は、幅が約四寸(約12cm)ですが、時代が新しくなると幅が狭くなります。 石切の道具は、甲府城跡稲荷櫓展示室2階に展示されています。石垣と合わせてご覧ください。
矢穴は、甲府城の石垣のあらゆるところでみられ、中には割ろうとして下書きしたにも関わらず、石を割らずにそのまま積んでいるものも見つかります。
また、鍛冶曲輪には石を切り出した「石切場」があり、迫力ある岩盤と矢穴を見ることができます。
石垣の大きな魅力の一つである「矢穴」をよく見ていただくために、史跡甲府城跡矢穴マップを作成しました。マップを片手に、甲府城の石垣を見ながら散策してみてください。 なお、石垣に夢中になりすぎて転ばないよう、くれぐれも足元にはお気をつけください。 ダウンロードはこちら↓ 史跡甲府城跡矢穴マップ
調査機関:山梨県埋蔵文化財センター 参考文献:山梨県埋蔵文化財センター調査報告書 第155集1997(H9)年刊行 第156集1998(H10)年刊行 第257集2008(H20)年刊行 第267集2010(H22)年刊行 リンク:甲府城研究室のトップページ |