トップ > 組織案内 > 県教育委員会の組織(課室等) > 埋蔵文化財センター_遺跡トピックスNo.0248山岳信仰遺跡
ページID:32690更新日:2015年12月14日
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富士河口湖町の遺跡0029滝沢遺跡-平安時代住居・土錘-0034滝沢遺跡-墨書土器-0056滝沢遺跡-桃の種-0334滝沢遺跡-叩き甕-0386滝沢遺跡-発掘調査速報-0395滝沢遺跡-転用硯-0095塚越遺跡-柄鏡形敷石住居跡-0177塚越遺跡-網代-0121富士山二合目行者堂跡-石列-0195炭焼遺跡-火打ち金-0248富士山と信仰の道0282冨士御室浅間神社里宮-片山社-0304富士山二合目行者堂跡-灯明皿-0327冨士御室浅間神社二合目本宮境内地遺跡-石碑が語る信仰の道- |
山岳信仰遺跡富士山と信仰の道▲精進湖からの富士山と調査風景 平成21年度より、3年間の計画で富士山信仰にスポットをあてた山岳信仰遺跡分布調査が始まりましたが、これまでに富士山二合目の冨士御室浅間神社本宮や吉田口登山道の起点となる北口本宮冨士浅間神社の発掘調査などを行なっています。 →これまでの調査については、山岳信仰遺跡の扉をご覧下さい。 富士山二合目:冨士御室浅間神社調査風景 (画面奥が、現在拝殿が残されている境内) 富士山二合目に鎮座する冨士御室浅間神社本宮は、富士山中で最古といわれる神社で、平安時代のはじめころに創建されたと伝えられています。 ◇調査名:山梨県内山岳信仰遺跡分布調査 ◇場所:富士山二合目 ◇調査期間:山梨県埋蔵文化財センター 信仰の道今回は、この‘道’に注目してみましょう。 現在、富士山に登るための山梨県側からのアプローチとしては、「吉田口登山道」があります。実は、今使われている登山道の他にも、「旧道」と呼ばれる古い道が、富士山の各所には残されています。このうち、富士山二合目の冨士御室浅間神社本宮の裏にひっそりと残されていた旧道について紹介します。 この神社裏の山林には「旧道」があり、この「旧道」に沿った平坦地からは古銭がたくさん見つかりました。これらは信仰の目的でまかれた‘賽銭(さいせん)’と考えられます。また、この平坦地からさらに登った尾根上にも「旧道」が残されていたのです。 神社裏の平坦地から見つかった古銭 ▲残されていた尾根上の旧道 ▲旧道沿いで見つかった銭貨 登山道今昔昭和39年にスバルラインが開通し、現在の富士登山は、五合目から・・・という方も多いですが、昔の人びとは信仰心を持って、ふもとから一歩一歩、道を登っていったのでしょう。 ‘焼山(やけやま)’と呼ばれ草木がほとんど生えない五合目以上に比べて、五合目以下には豊かな森が広がっています。その景観の変化を感じながらの登山もいいものではないでしょうか。
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