ページID:7798更新日:2020年4月27日
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※この原稿は、2003年2月号の「自治フォーラム」に寄稿したものです。
「サッカーJ2ヴァンフォーレ甲府の再生」
山梨県企画部企画課
山梨県は、現在イタリアセリエAで活躍している中田英寿選手を輩出したことでも知られるサッカーの盛んな土地である。
(株)ヴァンフォーレ山梨スポーツクラブ(以下「クラブ」という。)の前身は、昭和40年に地元の教員などを中心に結成された「甲府サッカークラブ」で、日本リーグ2部やJFLで活躍してきた。
クラブは平成9年2月に、そのチームを引き継ぐ形で、県内唯一のプロスポーツチームとして設立された。
当初の資本金は1億円であったが、より経営基盤の安定を図る必要があることから、増資をすることとし、平成9年8月に県、甲府市、韮崎市に対して出資の要請がなされた。
県は議会での論議も踏まえ、民間が主体的に運営できるか、県民や経済界の支援が得られるかなど、様々な視点から検討を行った。
その結果、地元メディアの山日YBSグループが引き続き筆頭株主となることや、県サッカー協会、民間企業の支援を受けて入場料や広告料の増収等を図ることとしていること等も踏まえ、県としても県民スポーツや地域の振興を図るという観点から8千万円の出資を決定した。
また、山日YBSグループが当初出資の2千万円に加えて7千万円を追加出資し、さらに甲府市が4千万円、韮崎市が2千万円をそれぞれ出資し、他の民間からの出資を含めてクラブの資本金は3億3千5百万円に増資された。
なお、その際、県は、ヴァンフォーレ甲府の経営は民間主導で行うべきであるとの考え方から、今後、追加出資、経営支援のための金銭的給付及び人的支援は行わない旨の覚書をクラブと取り交わしている。
クラブは、数年後にはJ1入りを目指すという構想を掲げ、選手強化に多額の費用を費やしたため、クラブが発足した平成9年度には、既に1億5千百万円の損失を抱え、債務が資本金の1億円を超える事態となっていた。
前年度からの選手強化が功を奏し、チーム成績は過去最高のJFL4位であったが、収入が減少する一方、支出が前年度を上回り、2億3千9百万円の欠損金を出す結果となった。
広告料収入は特に減少が大きく、前年度の6千7百万円から3千5百万円と激減していた。
J2リーグがスタートした平成11年度においては、前年度までの過大な収入見積りと多額の費用が健全経営を阻んでいることから、広告料収入を実績並みとするとともに、J2加盟による入場者及びサポーターの増による収入増を期待し、収入・支出とも2億円前後で予算が編成された。
特に、選手の報酬・出場給を前年度の2/3程度に抑えた一方、選手の移籍金収入などもあったことから、収支はほぼ均衡した。
しかし、有力選手の放出などが響き、チーム成績は最下位に終わった。
J1の人気チームが降格することによりJ2の人気がアップすることが期待され、入場料収入、クラブサポーター数などの増加を見込み、2億3千2百万円程度の予算を編成した。
しかし、浦和レッズなどの人気チームとの対戦では多くの入場者を記録したが、他の試合の入場者数は伸び悩み、経営は引き続き厳しいシーズンとなった。
最終的に累積欠損金が4億3千万円にも上り、チーム成績も引き分けを挟んで25連敗を喫するなど、2年連続の最下位となる惨憺たる結果であった。
資金繰りも悪化し、ホームスタジアムである県営小瀬スポーツ公園陸上競技場の使用料の支払いも滞るなど、クラブの経営危機が一気に表面化した。
「このまま山梨からJの灯を消してしまって良いのか。」山梨県に唯一存在するプロスポーツチームの存廃は、県外のサッカーファンをも巻き込んで大きな関心を呼んだ。
県がホームページ上で実施した「ヴァンフォーレ甲府の経営危機について」と題した県民フォーラムには、1か月半の間に県内外から5万6千件ものアクセスがあり、投稿は郵便・ファックスも含め1400件にも上った。
また、県民による「ヴァンフォーレ甲府の存続を求める会」が組織され、県内外から4万3千人に及ぶ署名が知事に提出されるなど、存続を望む大きなうねりが湧き起こった。
県内外からの意見や要望の中には、「ヴァンフォーレ甲府の応援で初めて山梨を訪れ山梨ファンになった。」あるいは「自分のふるさとに誇りや親しみを持った。」といった存続を望む声が多数寄せられた一方、税金が一部のスポーツ振興のために使われることに対する慎重な意見もあった。
この経営危機に際して、山日YBSグループ、県、甲府市、韮崎市の主要株主4者は、クラブの存続の判断を求められた。
こうした中、県は出資の際の覚書もあり、追加的な財政支援は行わないことを基本としつつ、
その結果、県としては、追加出資等の財政支援は行わないが、いきなりチームの存続を断念することは性急であり、スタジアムの使用料減免の検討や、広報・宣伝など、側面的な支援を行うべき、との判断を下した。
こうした方針に、筆頭株主の山日YBSグループをはじめとした主要株主が同意し、「ヴァンフォーレ甲府の経営に関する主要株主の申し合わせ」を行った。
この申し合わせの中で、当面、平成14年のワールドカップまでの間に県民・市民の関心を盛り上げることとして、クラブ存続のための条件として、平均観客動員数3,000人以上、クラブサポーター数5,000人以上、広告料収入等5,000万円程度という3目標を定め、この目標が達成できず、今後もその見込みがないと判断される場合には、平成13年度限りでチーム及び運営会社を解散することとした。
ただし、これらの目標は、それまでの実績と比べるといずれも2倍近いものであり、クラブの存続は決して楽観できる状況にはなかった。
なお、主要株主4者は「経営委員会」を定期的に開催し、経営状況、目標達成状況を把握するとともに、会議での報告事項を県のホームページで公開するなど、その状況を県民・市民に周知していくこととした。
クラブ存続に向けて、経営陣に新たな人材を求めることとし、筆頭株主である山日YBSグループから経営陣が迎えられた。
大企業のスポンサーを持たないクラブではあるが、クラブにとっての幸運の一つは、筆頭株主が山梨県のメディアで大きなシェアを占めるグループ企業であったことであろう。
新聞紙面やテレビに「ヴァンフォーレ甲府」が度々取り上げられ、県民の間にクラブへの関心が徐々に高まっていった。
また、県は、県内全戸に配布される月間の県広報誌にヴァンフォーレ甲府のコーナーを設け、試合日程や特集記事を掲載するなどの広報活動を行うとともに、ホームスタジアムの使用料減免等を行った。
甲府市、韮崎市においても、市営のグランドの優先的貸与や、使用料の減額等の支援体制を整えるとともに、両市を含むホームタウン32市町村もクラブをバックアップした。
これらの広報・宣伝や周囲のバックアップ等もあり、平成13年度は、3目標をいずれも達成し、平均観客動員数が平成12年度の1,850人に対して3,130人、クラブサポーター加入者数が2,698人に対して5,588人、広告料収入が25,578千円に対して60,785千円と、すべてが2倍に近い大幅な伸びを示した。
チーム成績は3年連続の最下位となったが、この年、クラブは設立後初の単年度黒字を計上した。
平成14年度シーズンを迎えるに当たり、主要株主4者は、平成13年10月10日に再度の申し合わせを行った。
この申し合わせでは、平成13年度の実績を踏まえて平均観客動員数3,200人、クラブサポーター加入者数6,000人、広告料収入6,500万円という努力目標を設定し、収支のバランスの取れた経営を行うことができず、今後もその見込みがないと判断される場合には、解散を含めて主要株主が協議することとした。
また、主要株主4者も昨シーズンと同様に広報・宣伝やスタジアム・練習場の使用料減免などの支援を行うこととした。
クラブにとって今後を占うシーズンとなった平成14年度は、日韓共催ワールドカップも開催され、県民のサッカーに対する関心が高まったこと、また、その際話題を集めたカメルーンチームが本県の富士吉田市をベースキャンプ地として利用したこともあり、ワールドカップ開催によりリーグ戦が中断される前の5月3日時点で平均観客動員数が約4,200人と、昨シーズンを大きく上回った。
ワールドカップが終了し、リーグ戦が再開された7月以降も、その勢いは衰えず、9月に行われた対セレッソ大阪戦では、13,000人以上のファンがスタジアムに詰めかけ、初めて入場制限が行われるほどであった。
このような中、チーム成績は、J2加入後最高の7位を確保し、また、平均観客動員数もJ2リーグ7位となる4,914人に達した。
これは、人口が約90万人の山梨県にとって、人口に対する観客数の割合で考えれば、大都市のチームと比べても遙かに上に位置する数字と言えるものである。
また、広告料収入も目標を大幅に上回る9,400万円、クラブサポーター加入者数も6,026人と、申し合わせの努力目標をいずれも達成し、2年連続の単年度黒字を計上できる見込みとなっている。
このような状況を踏まえ、主要株主4者は平成14年11月27日に申し合わせを行い、「収支バランスが取れる見通しが立てられないことや将来的に累積債務の改善ができない、などの状況」にならない限り、今後チーム解散の論議は行わないこととし、当分の間、安定したチーム運営を行う体制が確保されつつあることが確認された。
このように、クラブは一時の経営危機からは立ち直ったが、今後を見据えた時、過去に発生した多額の債務の処理など、決して楽観できない課題も残されている。
これらは、好転してきたクラブ・チームの状態を維持し、単年度の健全経営を続ける中で、中長期的な課題として取り組んでいく必要がある。
また、クラブサポーターや協賛企業の更なる発掘を図るため、各種イベントとのタイアップなど、県民・市民にまずはスタジアムに足を運んでもらえるような工夫を凝らしていくことも必要である。
「ヴァンフォーレ甲府」は、県民が一体となれる、県民の夢となり得るチームである。
小さな商店や食堂、クリーニング店など、一つ一つの支援は大きな企業に遠く及ばない。
また、ボランティアの1人ができるサポートや観客の1人ができる応援も限られている。
しかし、一つ一つのサポートの小川がやがて大河となり、ヴァンフォーレ甲府を経営危機から蘇らせ、今季の躍進に導いたと言える。
この大きな流れは、先の経営危機の時点で行政が安易に財政的支援に踏み切っていたとしたら、果たして生まれたであろうか。
今、ヴァンフォーレ甲府は「地元密着型チーム」としての存在意義を見出し、その方法を確立しつつある。
小さな地元企業、県民一人ひとりが支えるこのクラブが、今後もJリーグの理念にかなう理想的なチームとして県民に愛され、本県にしっかりと根付いていくことを期待している。