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ページID:71987更新日:2017年6月22日
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あ行か行さ行た行な行は行ま行や行ら行わ行 |
柳沢吉保の長男。貞享(じょうきょう)四年(1687年)生まれ。宝永(ほうえい)六年に甲斐府中藩主となりました。養蚕(ようさん:絹糸の生産)、ブドウの増産、土木事業、甲州金の改鋳(貨幣の改定)などをおこないました。 享保(きょうほう)九年、転封(てんぽう:幕府の命令で領地を変えること)により、大和(現在の奈良県)郡山藩主柳沢家初代となります。所領十五万二千石。禁裏(天皇もしくは皇居のこと)の守護、南都(奈良)・京都の火消御用をつとめました。延享(えんきょう)二年死去、59歳。著作に「福寿堂年録」「潤玉和歌集」などがあります。
関連遺跡トピックス→0007、0091、0131、0317
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