トップ > 組織案内 > 県教育委員会の組織(課室等) > 埋蔵文化財センター_遺跡トピックスNo.0090玉川金山遺跡
ページID:4571更新日:2016年2月8日
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都留市の遺跡
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玉川金山遺跡は都留市玉川字上ノ原200-1に所在する遺跡で、桂川の支流戸沢川と菅野川が合流する付近の傾斜地に位置しています。平成16年度から調査を実施していますが、様々な時代の遺構・遺物が見つかっています。(詳しくは遺跡トピックスNo.70、No.80、玉川金山ニュースをみて下さい)今回、取り上げた縄文時代早期後半(約7,000年前)の遺構は平成18年度に調査した6区より検出されました。 [6区上から撮影した写真(縄文時代早期後半の遺構面)] 炉穴について最初にご紹介したものは、「炉穴(ろあな)」という遺構です。炉穴とは縄文時代早期にみられる遺構で、調理を行った施設と考えられています。まず、地面に穴を掘り、その穴の壁から煙突状に小穴を掘ります。この小穴に土器を置いて煮沸し調理を行ったようです。一般的には、炉穴の天井部が崩落した状態で見つかり、穴の底がトンネル状に確認されます。 [一般的に見つかる炉穴] また、炉穴の中には焼土が厚く埋まっています。 [焼土を半分に掘った状態] 天井が残存している炉穴は珍しく、貴重な資料です。 [天井が残っている炉穴] 縄文時代の中期になると住居に石を配した炉が造られます。中期では家の中で調理をしたのに対し、早期には屋外で行っていたようです。住居に調理施設をつくらないということは、狩猟活動を行うために移動しながら生活していた人々の生活様式を表しています。炉穴は、山梨県では郡内地方で確認されています。 炉穴の使われ方当時の人々は下図のように炉穴を使用したと考えられます。 また、炉穴の形は一定ではなく、様々な大きさの穴が連なった状態で見つかります。これは、一ヶ所で繰り返し炉穴を使用したためと考えることができます。
下の写真で、赤い線の内側に点線が複数ありますが、これが炉穴の単位です。また、埋められた土の観察から、1.の炉穴群が2.の炉穴群を壊している状況が観察されました。 |