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ページID:28174更新日:2016年2月8日
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笛吹市の遺跡
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遺跡詳細3世紀中頃から8世紀初めにかけて、全国各地に大小さまざまな古墳が造られ、その数は二十万基ともいわれています。この中の、後期から終末期にあたる6世紀から8世紀初頭にかけての古墳は、県内では、甲府市北部と金川扇状地上などに古墳群と呼ばれるグループを作りまとまりをもって分布しています。7世紀前半に造られたと考えられている経塚古墳もこの金川扇状地上に位置しています。 平成6年度に発掘調査され「八角形墳」であることのほかにも、古墳を造る際の技法に地域性がみられる興味深い成果も得ることができました。(八角形墳については→遺跡トピックスNo.0014をご覧ください。) 所在地:笛吹市一宮町国分字経塚1133 時代:古墳時代後期 報告書:山梨県埋蔵文化財センター報告書第109集1995(H7)刊 調査機関:山梨県教育委員会山梨県埋蔵文化財センター 〈写真〉復元後の経塚古墳全景 〈写真〉発掘調査風景 墳丘造りの特色〈写真〉経塚古墳全景(表土除去後の状況) 調査が始まって、古墳を覆っている表土が取り除かれていくと写真のように自然石に覆われた状況が現れてきました。続いて墳丘を解体していくにしたがって内部にも人の頭ほどの大きさの自然石を組み合わせた平面から見ると八角形の石積みが発見されました。この結果、古墳の裾を取り巻いている石積み・石室を造っている石積み、それぞれが独立した構造物であることと、これらの間は、この地域で容易に入手できる砂質土と小型の自然石が堅く突き固められていることが判明しました。さらに、傾斜の低い北側には、裾を補強する意味の直線に並ぶ列石も確認されています。これは、他地域では見られない古墳造りの特徴のひとつといえるものでしょう。 〈左図〉内部の状況模式図〈右写真〉玄室内の状況
〈写真〉古墳の裾を押さえる石列の設置状況 県内に限らず、ほかの地域でも、横穴式石室を持つ古墳の多くは、墳丘の崩れやすい砂質土ではなく、比較的突き固めが容易な粘質土(赤土のように粘り気のある土)を使うのが普通です。しかし、この地域にある土の大半が砂質土であり、粘質土を手に入れようとすれば、金川上流にまで目を向けなくてはならず、非常な労力が必要となります。このため、砂質土を上手に利用する工夫がなされたのかも知れません。また、近くに造られたほかの古墳についても、裾に石積みを持って砂質土を墳丘に使っているものが少なくないところなど地域性が十分に感じ取れるものです。 |