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ページID:44770更新日:2016年2月25日
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1区の弥生時代中期の水田跡 向河原遺跡についてこの遺跡は、南アルプス市(旧甲西町)江原にあります。一般国道52号(甲西バイパス)および中部横断自動車道建設に伴い、1992年(平成4)から1993年(平成5)の2年間にわたって発掘調査が行われました。東西に走る町道を境に、南側を1区(3400平方メートル)北側を2区(3000平方メートル)としました。平成4年の1区の調査では、弥生時代中期(今から約1900年前)と考えられる小区画の水田跡とそれに関連する溝跡が発見されました。平成5年の2区の調査では、2面が確認され、上面からは江戸時代の水田跡、下面からは中世の杭列を伴う水路状の遺構が発見されました。 2区2面の杭列と調査の様子 1区について1区の水田跡では、弥生時代の甕形(かめがた)土器の一部が出土しています。これは、長野県の「栗林式」(くりばやししき)と呼ばれる土器群に類似していることから、水田が弥生時代の中期後半のものであったと考えられます。 弥生時代中期の甕形土器の一部 2区について2区2面の水田跡については、水害から水田や水路を護るために、しっかりした杭列や柵(シガラミ)と呼ばれる細い樹皮状の一部が発見されています。これらは、中世のものと考えられていますが、出土した遺物が漆皿だけであることから、詳細な時期の特定は難しいといえます。しかしながら、同種の漆皿がこの遺跡の周辺にある大師東丹保遺跡や二本柳遺跡などで出土していることや、構造の似た杭列が見つかっていることは注目されます。 こうしたことを手がかりとしながら、今後の遺跡トピックスでは、今回紹介できなかった中部横断自動車道建設に周辺の遺跡との関連について、随時紹介していきたいと思います。 杭列を伴った水路
【関連する遺跡トピックス】 No.0023宮沢中村遺跡|No.0081油田遺跡|No.0122二本柳遺跡|No.0149大師東丹保遺跡
【遺跡概要】
調査機関:山梨県埋蔵文化財センター 所在地:南アルプス市(旧甲西町)江原 主な時代:弥生時代、中世、近世 主な遺構:水田跡、溝跡、水路跡 主な遺物:弥生土器、木製品(漆器、杭など) 調査期間:1992年(平成4)9月21日~12月23日、1993年(平成5)4月14日~8月31日
【報告書】 山梨県埋蔵文化財センター調査報告書第129集(1997年3月)
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