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ページID:52949更新日:2017年6月13日

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遺跡トピックスNo.0370鉄門の活用

 

県指定史跡甲府城跡一覧

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鉄門活用イベント

平成25年4月5日(金曜日)から4月14日(日曜日)にかけて,甲府城(甲斐府中城)鉄門(くろがねもん)において,埋蔵文化財センター職員により鉄門の解説(普及活動)を実施しました。このうち,4月7日(日曜日)には2回の鉄門櫓(やぐら)で「呼び子笛づくり」イベントを開催しました。当日は560人が来場し,このイベントには小中学生を中心に約200人が参加し,竹をナイフで削って自作の笛を作成しました。当日の甲府城内では呼び子笛の音色が鳴り響きました。

03705_甲府城鉄門

03704_甲府城鉄門

03703_甲府城鉄門

03702_甲府城鉄門

03701_甲府城鉄門

鉄門についての質問

本日のトピックスは,鉄門に来場された方々から多くご質問をされた事項を解説したいと思います。

【Q1.】甲府城にはどんな歴史があるの?

→16世紀末に豊臣秀吉の家臣,浅野長政・幸長(よしなが)親子により築城されました。

(武田信玄公との関係を質問する方が多く見られたが武田氏滅亡後の城郭でありました)

(これ以前は一条小山と呼ばれ,一蓮寺がありました)

→17世紀には徳川義直(家康九男),徳川綱重(家光二男),徳川綱豊(綱重の子)らが甲府藩主となりました。

(幕府の直轄地で藩主不在の時代は,甲府城代・城番が設置されました)

→18世紀初頭の柳沢吉保・吉里が甲府藩主の時代に城下とともに甲府城も大きく改修・整備されました。

(この時期は城下の人口も増加し,城下町として繁栄しました)

→柳沢時代以降は藩主はおかれず,甲府勤番・甲府城代が設置されました。

→明治維新を経て,1873年に廃城となりました。

(多くの建造物が取り壊されました)

→2013年1月に鉄門が復元されました。

【Q2】江戸時代の甲府城の広さは?

→江戸時代の絵図から18ヘクタールあったことがわかっています。

(江戸時代の甲府城の敷地が市街地として整備されました)

(現在の甲府駅〔北側〕,県庁〔西側〕,県民会館〔南側〕などはもともと甲府城の敷地であります)

(内堀・外堀のある大規模な城郭であったことが絵図からわかっています)

→石垣の規模は,豊臣秀吉時代の城郭としては東日本最大級のものです。

→現在の甲府城の規模は6ヘクタール。で舞鶴城公園として整備されています。

【その他の質問】

甲府城の石垣?→「野面積み(のづらづみ)」の工法・「鏡石(かがみいし)」を利用しています。

(安土城や大阪城などの豊臣秀吉時代の城郭に多く見られます)

(→遺跡トピックス257で詳細に説明されています)

鉄門に使われている建材は?→ケヤキ。ヒノキ,松,杉が使われています。

(城門にはケヤキが,櫓(やぐら)にはヒノキや杉が多く使われています)

鉄門は何造り?→木造の入母屋造りです。

鉄門の屋根瓦の特色?→鯱瓦(しゃちがわら)は,城内の出土品を参考に復元されています。

【他では「謝恩塔」についての質問もありました。】

1907(明治40)年,1910年(明治43)年の大水害を契機に,皇室所有の土地・森林であった御料地・御料林約16ヘクタールが山梨県に下賜されたことを感謝し,1922(大正11)年に除幕されたものであります。御料林は江戸時代は幕府直轄であったが,入会権が認められており,地元民が森林を管理していました。しかし,明治政府がそれを否定したため,地元民は山に火をかけ,山林はことごとく荒廃しました。その結果,明治時代には水害による甚大な被害がまねかれました。そのことを反省し,山林を地元の管理に戻したのが「下賜」の真相だと言われています。

所在地甲府市丸の内1丁目地内

時代中世~近世

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