更新日:2022年9月30日
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三枝栄助氏
山梨県甲府盆地東部に位置し、北は埼玉県と長野県に隣接する山梨市。肥沃な土壌に恵まれたこの地は、桃やぶどうなどの果物畑が広がる県内でも有数の果樹産地であり、笛吹市や甲州市とともに峡東地域として、「扇状地に適応した果樹農業システム」が令和4年7月に世界農業遺産に認定されました。
市の北西部の丘陵地で、ぶどう栽培に取り組む三枝栄助さんは、先人たちが築き上げてきた知識や経験を学び、自らも探究し続けています。令和3年度には山梨県果樹共進会ぶどう「シャインマスカット(露地栽培・短梢剪定)の部」で最優秀賞を受賞。ぶどう栽培に抱く想いを伺いました。
富士山を望む南向きの傾斜地に広がる果樹地帯のなかに、三枝さんのぶどう畑はあります。やさしい木漏れ日が差し込むぶどう畑の棚下には、H型に伸びた主枝に沿って、心地よい風にそよぐシャインマスカットが一直線に並び、収穫の時を待ちわびていました。
一直線に並んでいるのは、三枝さんが短梢剪定(注1)という方法で栽培しているから。「この方法だと、剪定の作業が単純化されるだけでなく、春先から収穫まで行う管理作業も直線的に効率よく行うことができる。妻と一列ずつ作業を進めるので、お互いの状況も分かりやすい」と教えてくれました。ぶどうは1房1房にかける手作業が非常に多く、なによりも段取りが大事。三枝さんは「誰でも作業しやすいように」という考えから、シャインマスカット以外のぶどうでも短梢剪定を取り入れています。
「でも、作業が効率化する反面、新梢(注2)が必要以上に勢いよく伸びたり、房の上部が張り出しやすく形のきれいな房に仕上げるのが難しかったりというデメリットもある」と話す三枝さん。そのため、花の咲き始めに房の長さを調整する「房作り」や、房形や粒数を決める「摘粒」など、適期を逃さず作業を行ったり、新梢が伸びすぎて棚下が暗くならないようにこまめに摘心(注3)したりと、きめ細かな管理作業が必要です。
(注1)短梢剪定(たんしょうせんてい):一律に枝を短く切り詰める剪定方法。
(注2)新梢(しんしょう):その年にぶどうの房を実らせる枝。
(注3)摘心(てきしん):新梢の先端やわき芽の先を摘み取ること。
三枝さんが幼少期を過ごした1960年代、この地域では養蚕業(注4)が盛んで、ご両親も蚕のエサとなる桑を栽培していました。しかし、絹糸の輸入の増加により養蚕業は衰退。桑から果樹の栽培に切り替える農家が増え、三枝さんのご両親も1970年代後半に桑畑をデラウェアに植え替えたそうです。
もともと製造業の会社で働いていた三枝さんが、サラリーマンを続けながら農家として歩み出したのは2001年。お父様が体調を崩したのがきっかけだったそう。親元で農業の基礎を学び、2013年には早期退職して、農業に専念することに。その2年後、シャインマスカットの栽培を始めました。
「1年に1作しか経験できない果樹栽培は、毎日が貴重な学びのチャンス。知れば知るほど農業のことが好きになり、1つのものを作り上げる親のすごさを感じることができた」と熱く語る三枝さん。その探究心の豊かさが、高品質なシャインマスカットを作り上げる原動力となり、令和3年度山梨県果樹共進会ぶどう「シャインマスカット(露地栽培・短梢剪定)の部」の最優秀賞につながっています。
(注4)養蚕業(ようさんぎょう):桑を栽培し、蚕を育てて繭を生産する産業。繭からは生糸(絹)が作られる。
ぶどう棚の上に目をやると、かまぼこ形に組まれたワイヤーにビニールが被せられた雨よけが、主枝に沿って取り付けられていました。これは大きな傘のようなもので、ぶどうの房などに雨水が当たらないようにする役割をしています。
「ぶどうは生育中の房に雨水を受けると病気にかかりやすくなるので、雨の日の作業は控えなければならない。雨よけがあると、天候に左右されにくくなり、計画的に作業を進めることができる。雹害(注5)の防止にも役立つ」と三枝さん。雨の日のぬかるみの防止にもなると、畑に草を生やす草生栽培も行っています。草の根は土をやわらかくし、伸びたら刈ってそのまま土に還すことで、土壌環境の向上にもつながります。剪定した枝は燃やさずにチップにして畑にまくなど、環境に配慮した取り組みも意識しています。
「できる限りロスを少なくして、よいものを作りたい。そのためには、畑やその周辺をきれいに保つことも大事」と、ひとつひとつの作業を丁寧に行うだけでなく、畑全体の様子にも目を配る三枝さん。ぶどう栽培に対して誠実に向き合う姿勢を、畑全体から感じることができました。
(注5)雹害(ひょうがい):氷の粒が降ることにより、実や葉などに傷がつく被害。
「おいしいよと言ってもらえるのが、なにより嬉しい。消費者に喜ばれるものを作りたい」と笑顔を見せる三枝さん。地元の農協が行う講習会には必ず足を運び、その年の天気の傾向などの情報を得るだけでなく、農協の指導員や地域の農家さんとの交流の場としても大事にしています。
「成功も失敗も次の年に生かしていく。学ぶ姿勢を持ち続けることが大切」と真剣な面持ちで語る三枝さんは、毎年の管理作業や病害虫の発生状況、ぶどうの出来映えなど、いつでも振り返ることができるよう記録しています。三枝さんの経験や記録は、地域にとっても次世代につなぐ貴重な資料になることでしょう。
近年は、山梨県オリジナル品種であるブラックキングや甲斐ベリー7など、新しい品種の栽培にも積極的に挑戦。「一生勉強」という言葉を胸に農業と向き合い続けるその姿は、地域をリードする存在として、これからも成長し続けていきます。
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