トップ > 組織案内 > 県教育委員会の組織(課室等) > 埋蔵文化財センター_トピックスNo.125 水口遺跡(笛吹市)
ページID:4500更新日:2016年2月8日
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敷石住居跡はどこ?笛吹市境川町水口遺跡では、縄文時代の前期末から晩期初頭までの遺物が発見されています。その内、後期前半(今から約4000年前)には、2軒の敷石住居跡をふくむ集落跡が発見されました。
縄文時代中期末から後期初頭にかけて、関東西部から中部地方にかけて、柄鏡形敷石住居が流行しました。県内でも、いくつかの遺跡から柄鏡形敷石住居跡が、発見されています。
柄鏡形敷石住居跡については、遺跡トピックスNo.0013(塩瀬下原遺跡)、No.0063(大月遺跡)、No.0089(宮の前遺跡)、No.0095(塚越遺跡)を参照してください。 写真柄鏡形敷石住居の1号住居跡
所在地:笛吹市境川町藤垈728ほか 時代:縄文・古墳 報告書:山梨県埋蔵文化財センター報告書第91集 山梨県教育委員会山梨県土木部 敷石住居跡はここ!水口遺跡は、笛吹川の支流である境川によってつくられた扇状地にあり、全体に河川による石に覆われたところです 柄鏡形敷石住居である1号住居跡の周りにも河原のように石が多くみられます。1号住居跡は、直径約3.6mの円形部分と長さ約1.7m、幅約1.3mの柄の部分からできています。河原の石と区別するように、住居の周りには、約2cmの厚さの平たい石が、立てられています。その石の外側には石棒が立てられているところが2箇所ほどあります 敷石住居跡は、一般の住居ではなく、祭祀に関わるものではないかと言う説がありますが、それは、石棒などが出土することが多くあるためで、水口遺跡の1号住居跡からも裏付けされると言えるでしょう。 写真1号住居跡
写真1号住居跡の立っている石と石棒
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