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ページID:50068更新日:2017年6月8日
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県指定史跡甲府城跡一覧
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遺跡の概要遺跡名:甲府城跡 時代:江戸時代 所在地:甲府市丸の内1-6-1(県庁構内駐輪場建設予定地) 調査期間:2012年11月上旬~12月中旬 今回は上図の範囲の発掘調査を行いました。この場所は甲府城の楽屋曲輪(がくやぐるわ)と呼ばれる広場のなかになります。楽屋曲輪の西側には甲府城の二の堀が通っていて、その内側にはすでに削平されてしまいましたが、土塁と呼ばれる土を盛り上げて作った城壁がありました。今回発掘調査を行ったのは、この土塁の下になります。 発掘調査では、土塁を築造したときの土の堆積状況と土塁に付属していた水路を確認しました。次で発掘調査の成果を紹介します。 発掘調査の成果1.―土塁―土塁の版築(土の堆積状況) 上の写真は、土塁を東西に断ち割って土の堆積状況を確認したものです。この写真では、右が東、左が西になりますが西が高く東に向かって土層が落ち込んでいくようすが見てとれます。また土の質は水をよく通す砂の層と、水を通しにくい粘土の層が交互に堆積していました。このように質が異なる土を順に盛り上げて土壁や建物の基礎を構築する工法を「版築」といいます。ここでみられる粘土と砂の版築は、土塁に降った雨水の排水を意識したものと思われ、当時の土木技術を知る上で非常に重要な情報となります。土塁はすでに削平されてしまったことは上述しました。しかし現在の地表面から約2mまで掘り下げて調査を行いましたが、土塁の底は確認できませんでした。つまり2m以上もの深さを、人力で土を盛って造成していたことがわかります。 発掘調査の成果2.―石積みの水路―写真1水路(上から)写真2水路内面(横から) 今回の調査では石積みの水路が確認されました(写真1)。水路は現在の地表面から約70cmの深さにあり、幅は約60~70cm、深さは約80cmでした。この水路については、今回の調査区の北と南ですでに発見されていましたが、今回の調査でその間にも水路が残っていることが確認できました。水路は土塁の東側斜面の下に設置されていて、お堀に平行して伸びています。水路に使われた石は布積みという技法で、2段積まれていました(写真2)。布積みは方形に割り出した石を上下の辺を一直線にして積む方法です。また石の材質は安山岩が使用されていました。また、水路の中から名前が彫られた硯(すずり)、インク瓶などの新しい時代の遺物も発見されています。もしかしたら、今回発見された硯やインクで、昔の県庁職員が仕事をしていたのかもしれませんね。 発掘調査の成果について今回の発掘調査で発見された土塁と水路は現状のまま埋め戻して保存することになりました。土塁は検出された面がわかるようにブルーシートを敷いて埋め戻しました。水路は土のうで全面を覆って保護してから埋め戻しました。駐輪場が建設された跡も現在の場所に水路と土塁の版築の一部は埋まったままです。この場所は甲府城の時代の姿を留めていませんが、県庁の駐輪場の下には江戸時代の土塁と水路が眠っていることを知っておいていてくだされば幸いです。 また、発掘調査の成果は発掘調査報告書という形で世に出されます。まだ発掘調査が終了したばかりですが、これから出土した遺物や作成した図面の整理をおこなって、発掘調査報告書を刊行する予定です。みなさま、機会があれば是非手にとってみてください。
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