トップ > 組織案内 > 県教育委員会の組織(課室等) > 埋蔵文化財センター_遺跡トピックスNo.0017二本柳遺跡
ページID:4609更新日:2017年5月8日
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二本柳遺跡〔にほんやなぎいせき〕二本柳遺跡は、南アルプス市十日市場(旧中巨摩郡若草町)に所在する弥生時代~江戸時代の集落遺跡です。1991年から1992年に、一般国道52号改築工事と中部横断自動車道路建設工事に先だって調査がおこなわれました。
所在地:南アルプス市十日市場字二本柳 時代:弥生時代・古墳時代・平安時代・鎌倉時代・室町時代・江戸時代 報告書:山梨県埋蔵文化財センター調査報告書第183集2000(平成12)年刊行 調査機関:山梨県埋蔵文化財センター 【写真】二本柳遺跡発掘の様子 出土した遺物・遺構【写真】左:1号木棺出土状況右:1号木棺内遺物出土状況
戦国時代寺院の墓域から、木棺墓2基が発見され、特に1号木棺からは多くの情報が得られました。1号木棺は、縦80cm×横55cm×高さ20cmの、板材を組み合わせてつくられた木棺です。木棺を構成する板材には梵字などが墨書されていました。内部からは灰が確認され、稲穂を乗せたかわらけ2点・銭貨6枚・数珠と考えられる植物の種子(ボダイジュ)が出土しました。このことから遺体は火葬の後、副葬品と共に埋葬されたと考えられます。 元興寺極楽坊(奈良市)所蔵の「入棺作法」に記載された内容に類似した点が多く、中世の葬送儀礼を知るうえで極めて重要な、全国的に見ても類例の少ない資料であるということができます。 【写真】左:木棺の蓋板右:木棺の側面板
蓋板の表側には「南無大日如来」の意を表す梵字が、側面板の外側には「(八葉)白蓮一肘間、(炳現阿)字索光色、(禅智倶入金剛)縛、(召入如来寂静)智」の文字が読み取れます。(括弧内は判読不能でした。判読できなかった部分については、原典である密教教典の「菩提心論」により補っています。) 寺院にかかわりの深い人物が葬られていることが想像できます。
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