ページID:38505更新日:2017年5月19日

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埋蔵文化財センター_遺跡トピックスNo.0299上の平遺跡

曽根丘陵公園の遺跡

0028国指定史跡銚子塚古墳-保存修理事業1-
0040国指定史跡銚子塚古墳-保存修理事業2-
0045国指定史跡銚子塚古墳-保存修理事業3-
0096国指定史跡銚子塚古墳-立柱-
0103国指定史跡銚子塚古墳-木製品-
0110国指定史跡銚子塚古墳-火きりんぼう-
0159国指定史跡銚子塚古墳-木-
0318国指定史跡銚子塚古墳-鼉龍鏡-
0335国指定史跡銚子塚古墳-立柱2-
0374国指定史跡銚子塚古墳-壺形埴輪-
0407国指定史跡銚子塚古墳-突出部と周濠区画帯-
0391国指定史跡大丸山古墳-雪におおわれた前方後円墳-
0126稲荷塚古墳-銀象眼大刀-
03334月の中道古墳群-
0388かんかん塚古墳-県内最古の馬具-
0067立石遺跡-山梨最古の旧石器-
0211上の平遺跡-方形周溝墓群-
0299上の平遺跡-地震の痕跡-
0097東山北遺跡-火打ち金-
0192東山北遺跡-方形周構墓-
0290東山北遺跡-ウマの歯と骨-
0353東山北遺跡-鉄製品-
0247東山南遺跡-把手付椀-
0414鍋弦塚と『東山の碑』-

上の平遺跡とは?

上の平遺跡は、考古博物館・埋蔵文化財センターのある甲斐風土記の丘・曽根丘陵公園の中にあります。この遺跡はこれまでに何度も調査が行なわれており、弥生時代末~古墳時代初頭の方形周溝墓群や縄文時代の集落跡が見つかっています。遺跡が復元保存された地区は現在「方形周溝墓広場」として、その大きさや位置を実際に見て歩けるようになっています。

0282_上の平遺跡_調査風景

上の平遺跡第7次調査発掘調査風景

2011年3月11日に発生した東日本大震災。想像を絶する被害の大きさに本当に心が痛みます。またその後各地で発生している地震に、その恐ろしさを実感します。

今回のトピックスでは、上の平遺跡第7次調査で発見された昔々の断層について紹介し、地震の恐ろしさと、地震に対する備えの大切さを心にとどめ置きたいと思います。

所在地甲府市中道町下向山字上の平

時代旧石器時代~平安時代

報告書山梨県埋蔵文化財センター調査報告書第172集『うえのだいら-上の平遺跡第7次発掘調査報

告書』

★過去のトピックスもご覧下さい★

No.0211上の平遺跡-方形周溝墓群-

地震の痕跡

第7次調査区の調査面積は200平方メートルで、縄文時代の炉跡(約4,000年前)や弥生時代末~古墳時代初頭(約1,700~1,800年前)の方形周溝墓などが見つかっていますが、調査区内には現代のゴミ穴が4つもありました。これらは調査面積をさらに狭くしていましたが、一方でこれらのお陰で明らかとなったことがありました。この穴の壁に断層の跡が現われたのです。

0282_上の平遺跡_断層

これは穴の断面です。矢印を境に層がズレています。

0282_上の平遺跡_断層図2

この図のうち、右は上の写真を図化したものです。左は通常の層で、比べてみると、色を

つけてある部分が通常の層とはちがっていることがわかります。

0282_上の平遺跡_断層図

この図のように土層がずれているものと考えられます。

では、このズレはいつ起こったのでしょうか。

上の図中の[No.1][No.2]とある部分から、ある火山灰が見つかっています。これは‘姶良丹沢(あいらたんざわ)火山灰’と呼ばれるもので、鹿児島県の桜島の隣にあった火山から噴出したものです。この火山灰は今から約2万2000年前~2万5000年前に、日本列島の全域と周辺大陸の一部にかけて降ったので、この火山灰が見つかると、その層の年代がわかるのです。

上の平遺跡の地層に話を戻すと、この‘姶良丹沢火山灰’が降り積もった後、ズレが起こっていることがわかります。

続いて下の写真ですが・・・

0282_上の平遺跡_周溝墓

方形周溝墓の溝部分。壷を境に画面の手前と奥で土の色がちがうのがわかりますか…

このように、弥生時代末~古墳時代初頭に造られたお墓の溝には、土層のズレによる土の色のちがいはあるものの、土層がズレて溝の底が段になっているような状況は見られません。

これらから考えると、このズレが生じたのは、姶良丹沢火山灰が降った約2万年前よりも新しく、方形周溝墓が造られた弥生時代末~古墳時代初頭(約1,700~1,800年前)よりも古い時期だということがわかります。

地震大国-日本-

上の平遺跡のように、発掘調査の現場から過去の地震の痕跡が見つかることもあります。

例えば、南アルプス市にある大師東丹保遺跡からは、地割れや液状化現象の跡が見つかっています。

No.0108大師東丹保遺跡-発見された大地震の跡-

地震の跡を研究する分野は「地震考古学」と呼ばれ、遺跡で見つかった地震の痕跡についてそれが起こった年代をつきとめたり、昔の記録との対比からその地震の年・月・日や時刻まで明らかにできるのです。また、記録が残っていない時代の地震をも知ることができます。このような研究の積み重ねにより、東海地震などの大きな地震は決まった場所で繰り返し、ほぼ同じような周期で起こることなどもわかってきています。

これらの情報を役立てて、私たちの現在、そして将来の生活を守り抜く努力と姿勢が必要だとつくづく感じます。

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山梨県観光文化・スポーツ部埋蔵文化財センター 
住所:〒400-1508 甲府市下曽根町923
電話番号:055(266)3016   ファクス番号:055(266)3882

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