トップ > 組織案内 > 県教育委員会の組織(課室等) > 埋蔵文化財センター_遺跡トピックスNo.0442上コブケ遺跡
ページID:73408更新日:2017年6月16日
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上コブケ遺跡の概要上コブケ遺跡は、西関東連絡道路建設事業に伴い、平成23年5月から平成25年11月にかけて本線(万力八幡トンネルから八幡南ランプ間)部分の調査を実施し、本年度の5月からは本線北西側の側道部分の発掘調査を実施しています。 当遺跡は、山梨市北・南地内の兄川(あにがわ)と弟川(おとうとがわ)にはさまれた位置にあり、標高は約370mです。この地域一帯は、モモやブドウなどの果樹栽培が盛んで、調査区周辺も果樹園の小区画された段差が見られます。これまでの調査から、遺跡の西側を中心に縄文時代中期(竪穴住居跡4軒や配石遺構1基)、東側に奈良・平安時代(竪穴住居跡24軒や掘立柱建物跡21棟)がみつかっています。 現在、調査区西側の縄文時代を中心とする遺構を調査しており、出土している遺物のなかでも特に多様な種類のみられる石鏃に注目してご紹介します。
所在地山梨市南地内 時代縄文・古墳・奈良・平安 報告書山梨県埋蔵文化財センター調査報告書第296集2014.3刊
出土した遺物-石鏃さまざまな石材から作られた石鏃(左から黒曜石、水晶、チャート)
遺跡からはさまざまな石器(打製石斧や石鏃、石匙、摺り石)が出土しています。 今回ご紹介する遺物は、上の写真にみられる黒曜石(写真左)や水晶(写真中央)、チャート(写真右)といったさまざまな種類の石材を加工して作成された石鏃(せきぞく)です。石鏃は、縄文時代を中心にシカやイノシシといった動物を狩るための弓矢の先端に紐などで固定して使用していました。 黒曜石は、特定の場所でしかとれず、このあたりでは主に長野県の霧ヶ峰周辺でたくさん採取される石材です。ガラス質で割るとひじょうに鋭い割れ口をもっていることから石器として一般的に使われてきました。 その一方で、水晶はひじょうにかたい石材で、加工・調整が必要な石器製作には不向きの石材です。しかし、過去の調査から約1.4kgにもおよぶ水晶が出土しており、水晶の加工に関連する施設と考えられる遺構(住居跡に囲まれるように人の頭ほどの大きな石をならべた配石遺構と考えられる遺構で、石棒や立石が組み込まれていたため、祭祀行為がおこなわれた可能性も考えられる)も確認されていることから、この地域の人々は石器の加工・調整を行う高い技術を持っていたことを知ることができます。 また、動物の殻や骨片が海底に堆積してできた岩石であるチャートと呼ばれる石材を加工した石鏃も数は少ないですが、遺跡からみつかっています。 |