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ページID:24760更新日:2016年2月9日
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〈図1〉二の丸西面石垣の位置(補修工事地点)
二の丸西面石垣(赤部分)は、1590年代に築城された野面積(のづらづ)み石垣が残っています。この石垣は、県道に面した史跡西端に位置しています(図1)。現在はこの石垣が県道に沿ってほぼ直線になっていますが、明治に廃城となるまでは月見櫓台石垣が道路部分から県庁内に張り出していたことが絵図からわかっています(図2)。 〈図2〉旧甲府城の範囲と補修工事地点
石垣データ 所在地:甲府市丸の内1丁目地内(県指定史跡甲府城跡) 時代:文禄慶長年間(1590~1600年代) 遺構:野面積み石垣 長さ:55.5m(残存部分) 高さ:北端3.8m・南端6.0m(現況露出部分) 施工期間:2006年10月~1月 施工面積:296平方メートル 調査機関:山梨県埋蔵文化財センター 報告書:山梨県埋蔵文化財センター調査報告書第243集2007.3(H19)年刊行
石垣に残る昔の改修工事の痕跡約400年前に築かれたこの石垣も、よく観察すると2度の大きな改修を受けていることがわかります。〈図3〉の赤丸は、目地(めじ=石垣の継ぎ目)が縦方向に通っている部分です〈写真1〉。このような縦目地(たてめじ)は、石垣の中央部に元々あるものではなく、ここが石垣の隅であったことを示しています。この目地の左右では、石垣の積み方が変わらないことから、築城後間もなく石垣が付け足されたと考えられます。 <図3>の青部分をみると黒い線が入っています。この線よりも上には比較的小さな石材が使われていますが(写真2)、この範囲は昭和30年代に改修されたものです。〈写真3〉や〈写真4〉のように、元々あった石材を割るなどして積み直されています。 〈図3〉二の丸西面石垣(工事対象範囲) 〈写真1〉図3の赤部分〈写真2〉図3の青部分 〈写真3〉表面を打ち欠いた石材〈写真4〉築城期とは異なる大きさの矢穴
改修工事の状況詰石(つめいし)の補充を中心に補修工事をおこないましたが、天端石(てんぱ=石垣の一番上の石材)付近が不安定なところがありました。〈写真5〉は、石材が小さく控え(奥行き)が短い状況でした。〈写真7〉は、天端石を支えるべき直下の石材に細かい石が使われていました。これらの場所では、安全確保のために改修工事(石材の交換や据え直し作業)をおこないました。 補修工事については、平成17年(天守台)や平成19年(鍛冶・数寄屋曲輪東面石垣)の整備事例をご覧ください。 〈写真5〉石材が小さく控えが短い〈写真6〉写3の施工後
〈写真7〉天端石の下に細かい石材がある〈写真8〉写5の施工後 整備後の様子写真は、左が補修前で右が補修後になります。整備では、石垣補修のほか、ガードレールの除去など景観にも配慮しました。 〈写真9〉二の丸西面石垣(補修前)〈写真10〉二の丸西面石垣(補修後)
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