ページID:4691更新日:2023年8月31日
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本川は、南アルプス連峰に連なる唐松峠(GL=1,650m)に源を発し、南アルプス市芦安(旧芦安村)を西から東へ流下して、釜無川(富士川)に注ぐ、流域面積75km2、流路延長18.8kmの一級河川である。
下流部には、日本三大扇状地として知られる御勅使川扇状地が広がり、一面の果樹農地が広がっている。一方、上流域の山地では、V字谷を形成する、渓床勾配1/10以上の急峻な渓流となる。
本渓流は古来より多くの水害を発生させてきた河川であり、古くは戦国時代に武田信玄が施行した石積出し、将棋頭等の遺構も現存している。
南アルプス市(旧芦安村)に現存する「御勅使川(みだいがわ)堰堤群(えんていぐん)」は、平成15年11月14日、社団法人日本土木学会から「選奨土木遺産」に認定された。
全国に多数ある近代土木遺産(日本の近代土木遺産(全国で約2,300件)-現存する重要な土木構造物2000選H13年3月発刊)の中から選出された貴重な先人たちの遺産であり、今後とも良好な保存状態を維持すれば、将来、国の重要文化財として指定される可能性がある国家財産である。
土木学会で全国調査した現代土木遺産A,B,Cランクのうち、Aランクの中から、土木学会選奨土木遺産選考委員会が平成12年度から毎年10件程度を「選奨土木遺産」として認定している。
明治15年
1882年
内務省御雇工師ムルデル(オランダ河川技師)が釜無川の治水事業計画について視察し、あまりの荒廃状況に御勅使川等における砂防工事施工を政府に提言
明治16年
1883年
内務省第1区土木監督署による御勅使川流域砂防工事開始(~明治25年)
明治30年
1897年
砂防法制定
明治44年
1911年
内務省東京土木出張所が勝沼町に勝沼工場(工事事務所)を設置し、富士川流域直轄砂防工事を開始
大正5年
1916年
御勅使川上流部を砂防指定地に指定
内務省東京土木出張所が芦安村に芦安工場を設置し、御勅使川の砂防工事を開始(~昭和3年)
大正7年
1918年
工場を源村に移転して源工場と改称
大正10年
1921年
工場を芦安村に移転して御勅使川工場と改称
昭和2年
1927年
工場を芦安村から源村に移転
昭和3年
1928年
御勅使川工場を閉鎖
昭和7年
1932年
山梨県が御勅使川砂防工事(流路工)を開始(~昭和45年)
昭和8年
1933年
富士川流域直轄砂防工事を終了
昭和26年
1951年
御勅使橋から富士川合流点までを直轄施工区間に指定