トップ > 組織案内 > 県教育委員会の組織(課室等) > 埋蔵文化財センター_遺跡トピックス No.0041平田宮第2遺跡
ページID:4630更新日:2017年5月19日
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甲府市の遺跡(甲府城関連・曽根丘陵公園を除く)
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発掘調査により、4つの遺構面があり、時代が異なる面の間を洪水砂が覆っていることが明らかになりました。特に平安時代の集落面である第3.面からは、方形を呈する木枠の下部に曲物がある井戸が確認されました。県内において類例は少なく、貴重な資料と言えます。木枠の中には、ほぞ穴があいているものもあり、他の用途に使用した部材を転用したと考えられます。これらの木製品について、木の種類を調べたところ、すべて針葉樹であり、ヒノキやサワラが多くを占めるとの結果が得られました。ヒノキやサワラは耐水性が高く、加工が容易であることから、井戸の部材として選ばれ、使われたことが推測されます。
所在地:中央市下河東字平田宮1110他 時代:平安時代、鎌倉時代 調査機関:山梨県教育委員会・山梨県埋蔵文化財センター 調査の概要第1.面の成果第1.面からは南北方向に走向する畦畔が3条、東西方向に走向する畦畔が1条、水口が1ヶ所確認されました。水田面からは植物の株跡がありましたが、分布は不規則であり、その種別同定は今後の検討を要します。この面には木製品以外の遺物はありませんが、昨年度の玉穂町(現中央市)教育委員会の調査と今回の調査との土層対比により、平安時代後半から鎌倉時代に推定されます。 第2.面の成果第2.面からは南北方向に走向する畦畔が1条確認されました。水田面からは第1.面より多くの植物の株跡が見つかりましたが、分布は不規則であり、その種別同定は今後の検討を要します。この面は上窪遺跡第2次調査地点の水田跡に対比され、平安時代中頃から平安時代後半と考えられます。 第3.面の成果この面からは、井戸1基・溝状遺構20基・土坑11基等が検出されました。井戸は方形を呈する木枠の下部に曲物があり、遺存状況は非常に良好です。溝状遺構の底面からは、斎串状木製品の集中出土地点が確認されました。この面は、玉穂町(現中央市)教育委員会の調査の際に竪穴建物跡が検出されており、平安時代中頃の集落跡が想定されます。また、遺構確認面の上には遺物を包含する黒灰色砂質土が見つかりました。 第4.面の成果この面からは南北方向に走向する畝状遺構が10条、東西方向に走向する畝状遺構が5条確認されました。遺構面の上からは、墨書土器が出土しており、平安時代中頃の畑跡と考えられます。
発掘調査により、調査地点周辺には平安時代・中世の遺跡が多く分布しており、遺構面数も複数であることが分かりました。 |