トップ > 組織案内 > 県教育委員会の組織(課室等) > 埋蔵文化財センター_遺跡トピックNo.0489百々遺跡の炭焼き窯跡
ページID:88060更新日:2018年12月4日
ここから本文です。
南アルプス市の遺跡〔番号〕〔遺跡名〕-〔テーマ〕-〔トップページ掲載期間〕 0006十五所遺跡-方形周溝墓-2005年6月22日~2005年6月29日 0449十五所遺跡-主体部のある方形周溝墓-2016年9月28日~2016年10月11日 0010大師東丹保遺跡-網代-2005年7月20日~2005年7月27日 0108大師東丹保遺跡-遺跡から発見された地震のツメ跡-2007年8月23日~2007年8月28日 0149大師東丹保遺跡-木製品-2008年7月16日~2008年7月23日 0200大師東丹保遺跡-出土した種子は何?-2009年8月5日~2009年8月11日 0259大師東丹保遺跡-下駄-2010年10月14日~2010年10月20日 0287大師東丹保遺跡-扇子の骨組-2011年5月19日~2011年5月25日 0357大師東丹保遺跡-洪水に埋もれた中期古墳-2012年10月10日~2012年10月24日 0392大師東丹保遺跡-地震痕のある遺跡-2014年3月14日~2014年5月14日 0017二本柳遺跡-木棺墓-2005年9月7日~2005年9月13日 0122二本柳遺跡-福寿院跡-2007年12月12日~2007年12月25日 0164二本柳遺跡出土の擂鉢-2008年10月30日~2008年11月4日 0276二本柳遺跡-火きり臼-2011年2月9日~2011年2月16日 0023宮沢中村遺跡-昆虫・網代-2005年10月19日~2005年10月26日 0051仲田遺跡-田んぼ-2006年6月8日~2006年6月14日 0052百々遺跡-八稜鏡-2006年6月14日~2006年6月21日 0065百々遺跡-錘-2006年9月20日~2006年9月26日 0066百々遺跡-馬の骨-2006年9月26日~2006年10月10日 0101百々遺跡-洪水の跡-2007年6月27日~2007年7月3日 0136百々遺跡-浄瓶-2008年4月9日~2008年4月16日 0172百々遺跡-平安時代の住居跡-2008年12月24日~2009年1月14日 0269百々遺跡-黒色土器-2010年12月22日~2010年12月27日 0274百々遺跡-古代のウシ・ウマ-2011年1月26日~2011年2月1日 0468百々遺跡-土層の剥ぎ取り-2017年8月2日~2017年8月16日 0077善応寺遺跡-祭祀の水場-2006年12月27日~2007年1月10日 0081油田遺跡-田んぼと木製品-2007年1月31日~2007年2月7日 0144油田遺跡-木製竪杵-2008年6月12日~2008年6月18日 0231油田遺跡-体験学習用の復元品-2010年3月31日~2010年4月6日 0084堤防遺跡No.23-堤防の内部-2007年2月21日~2007年2月28日 0409釜無川堤防跡遺跡-2015年1月16日~2015年2月12日 0105石橋北屋敷遺跡-道路跡・区画溝-2007年8月2日~2007年8月8日 0106村前東A遺跡-パレススタイルの壺-2007年8月8日~2007年8月15日 0241村前東A遺跡-手焙形土器-2010年6月9日~2010年6月15日 0250村前東A遺跡-住居跡-2010年8月11日~2010年8月17日 0286村前東A遺跡-S字甕-2011年5月11日~2011年5月18日 0139宮沢中村遺跡-茶碗の焼継ぎ-2008年5月7日~2008年5月13日 0163大塚遺跡-約1,700年前の家の跡-2008年10月22日~2008年10月30日 0168新居道下遺跡の住居跡-2008年11月26日~2008年12月3日 0216長田口遺跡の鏡片-2009年11月25日~2009年12月1日 0340向河原遺跡-水田跡と杭列-2012年5月30日~2012年6月6日 0478壱番下堤跡-釜無川釜無川沿岸の治水跡-2018年4月18日~ |
百々遺跡とは山梨県南アルプス市(旧中巨摩郡白根町)にある百々〔どうどう〕遺跡は、平安時代の大集落が発見された遺跡です。百々遺跡のある御勅使川〔みだいがわ〕扇状地中央部は、度重なる御勅使川の洪水によって地中には砂や石が厚く堆積しているために、本来あった遺跡も流されてしまったのではないかと考えられていました。しかし、一般国道52号(甲西バイパス道路)・中部横断自動車道の建設工事に先立って埋蔵文化財の存在を調査したところ工事予定地内に大規模な平安時代の集落が埋没していることが明らかになりました。このため、平成11年度から12年度までの2年にわたり南北840mの範囲を調査した結果、平安時代の竪穴住居跡251軒を発見しました。 所在地:山梨県南アルプス市百々 百々遺跡の炭焼き窯跡炭焼き窯跡は百々遺跡の3-2区という場所から発見されました。南北に細長い形をしており、特に北側では一段細くなっています。規模は長さが約8.4m、幅が約2.4m、深さが約0.9mです。窯跡の中の土には炭が大量に含まれていました。しかし、通常炭焼き窯は山の近くに作られるもので、百々遺跡のような平野部に作られることは考えられず、発掘調査時には何の遺構か判断ができませんでした。なので、発掘調査報告書には、その平面の形が舟の形に似ていることから「舟形土坑」として掲載されています。
炭焼き窯で焼かれた炭は、当時とても貴重なもので、年貢として朝廷に納められていました。また、集落の中で使用するクワやカマなどの農耕具を修理する小鍛治にも炭は欠かせないものでした。 また、百々遺跡の炭焼き窯跡からは、模様のついた鹿角製根付け状製品や常滑焼きの大甕が出土しています。これらは、窯を廃棄する際に行われた何らかの儀式に使われたものと考えられます。 〔写真左〕常滑焼きの大甕〔写真右〕鹿角製根付け状製品 次の遺跡トピックスへ|遺跡トピックス一覧へ|一つ前の遺跡トピックスへ
|